三原則がSF界の常識として浸透した結果、ロボットやコンピュータが安易に人間に叛乱・支配を行う内容の作品はほぼ絶滅した。しかしながら、三原則の枠内でそうした状況を成立させる方便として、ロボットが下記の様な判断を下したとする設定がしばしば用いられる様になった。
人類自身がロボットに支配される事・滅亡する事を望んでいる。
過ちを犯さないロボットに支配される事こそが、人類にとって最も安全な状態である。
優秀種であるロボットこそが、劣等種ホモ・サピエンスよりも優先されるべき『人間』である。
アシモフ自身の作品にもこうした状況が登場する。『災厄のとき』では、自身の破壊こそが人類全体の危機に繋がると判断した「マシン」が、自身を護る為に一部の人間に必要最小限の危害を加えており、同時にマシン自身が考える所の「人類にとってもっとも幸福な社会形態」に、人類自身の意志を無視して導こうとしている事が示唆されている。また『心にかけられたる者』では、三原則における「人間」の定義の問題を与えられたロボットが、最終的に彼らロボットこそが三原則で優先されるべき「人間」であるとの決断を下している。
第零法則においても、人間はその成立の経緯において関与するどころかその存在すら知らされておらず、またその対象となるべき『人類』の定義についても、ジスカルドが「地球人かスペーサーかを選ぶのみでなく、より望ましい人種を創り出してそれを護るべき」といった発言をしている。その後もダニールが銀河帝国首相を務めるなど、第零法則に従うロボットは人類に対して支配的な役割を担う事となる。
人間とロボットという主従関係で書かれているが
安全(人間にとって危険でない存在)
便利(人間の意志を反映させやすい存在)
長持ち(少々手荒に扱ったくらいでは壊れない)
という、家電製品に代表される道具一般にもあてはまる法則であることが、日米のファンらによって指摘されている。また、人間の道徳律にも当てはまると、アシモフ自身が作中で述べている。
実際のロボットにこの三原則を実装できるかという問題についてはフレーム問題という大きな障害がつきまとう。ロボットは、どんな行動が人間に危害を加える可能性があるかを判断するために周囲の状況とその帰結をすべて予測しなくてはならない。そのためには、人工知能の搭載すべき知識ベースと思考の範囲が際限なく大きくなってしまうのである。
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たとえば、火災に巻き込まれた人間を発見した際に「自分は引火性の燃料を使用している」「火災現場は高温」「高温下では引火性燃料は爆発することがある」「付近で爆発が起きると人間は負傷することがある」という知識をもとに、自分は直接助けに行かず応援を呼ぶ、という判断を下す必要がある。
本来、三原則はロボットが人間を殺害したり叛乱を起こしたりする事態を避けるために設定されたものだが、皮肉にも現在では、戦場での人的損失を防ぐ目的で、人間の兵士に代わって偵察や殺戮を行うロボットが現実のものとなりつつある(軍事用ロボット)。すでに無人航空機(UAV)には武装タイプも出現しており、敵兵士を殺害した実例もある(もちろんこの場合はあくまで人間の操作員が発射指示を出した結果であるが、広義に解釈すれば「第一条に反する命令に従った」ことになるし、いずれは自動的に「敵」を識別して攻撃を加える様な機能を持つ可能性もある)。
その一方で、多くの現実のロボット工学者が、三原則に則したロボットの実現を研究の指針とし、第一条を理由に研究の軍事転用を拒むなど、三原則を倫理上の拠り所としているのもまた事実である。
このように、現実にロボットに三原則を実装すべきかどうかも含めて、結局はロボットを製造し使役する人間側の問題であり、むしろ人間が遵守すべき「ロボット取り扱いの三原則」が必要なのかも知れない。